ハンカチを落としましたよああこれは僕が鬼だということですか

木下龍也『つむじ風、ここにあります』(書肆侃侃房:2013年)


(☜4月12日(水)「人から見た自分 (8)」より続く)

 

◆ 人から見た自分 (9)

 

目の前を歩く人からひらりと落ちたハンカチを拾い上げ、「ハンカチを落としましたよ」と声をかける。それをきっかけとして恋の物語がはじまりそうな、いかにもベタな状況だが、期待は高まる一方だ。
 

しかし、ハンカチを落とした人の困惑したような表情、そして周りの雰囲気を即座に察する。これは「新しい出会いのお約束」ではなく「ハンカチ落としのお約束」、つまり、鬼からあらたな鬼へとハンカチが落とされた瞬間なのだ、と。私がどう周りを見ようと、人から見た私は「鬼」なのである。そそくさと逃げ始めるハンカチを落とした人物と、次に鬼にならないようにあからさまに距離を置こうとする周りの人々を見ながら、ただ佇むしかない――
 

ハンカチが落とされること自体は変わらないが、それをどうみるかで状況が大きく裏返るのが面白い一首だ。その機知に目が行きがちだが、ここで注目したいのは「〜落としましたよ」と「ああこれは」の間に一字の空白も挟まれていない点だ。一首が間を持たずに繫がることで、さっと空気を読み取って状況を把握できてしまう、あるいは、そうしなければ生きていけないような賢さが見えてくる。シュールな歌でありつつ、その点に時代の雰囲気を強く感じる。
 

前回、「人から見た自分 (7)」で紹介した里見佳保の歌集『リカ先生の夏』にはこんな歌がある。
 

信号が青に変わって歩き出すだれが鬼かはわからないまま  里見佳保『リカ先生の夏』

 

どうやらこちらが鬼だとは気付いていないようだ。この機を逃すことはない。こうして、木下龍也から里見佳保へとハンカチは引き継がれていく――
 

さて、次回の歌にも鬼のように怖い人と思われる人物が出てくる。しかし、こちらはハンカチを落としはしない。
 
 

(☞次回、4月17日(月)「人から見た自分 (10)」へと続く)