今井恵子


そうですか 怒鳴り続ける声があり頷きながら思う白鷺

佐藤涼子『Midnight Sun』(2016年・ 書肆侃侃房)

 

強い外圧に晒された自分が、心の中に「白鷺」を思っているという。この「白鷺」は何だろうか。『Midnight Sun』には他にも、次のような「うなずく」歌がある。

 

舗装路の菫を健気と言う人に「そうなんですか」と二回頷く

健康で長生きしたいですよねと聞かれて頷く そうでもないが

「二十年ぶりに会ったら父親が呆けていたんだ」そう、と肯く

 

流通している鮮度の落ちたジョーシキに同調を求められる。底の浅い人情の押しつけは、ときに暴力的で、とりあえず頷いておくしかない。反論するほどでもない外圧を遣り過ごしながら、心に異を唱えている。

 

掲出の歌の心象は抽象化された「白鷺」。白い細身の立ち姿、俯いて沼地で餌を漁るときの緊迫した静謐、翼をひろげた滑らかな飛翔などがイメージされる。優雅で美しく、孤高を保っているかのようである。「白鷺」は、「怒鳴り続ける声」の圧力と対峙している。「白鷺」は、自分かもしれず、救いかもしれないが、いずれにしてもジョーシキの対極にいる。自力で自身の中に「白鷺」を作り出す力が魅力的だ。

 

「このへんでうちだけ遺体が上がるのが早くて何だか申し訳ない」

臭いがきつい 消防法上一つしか香炉が置けない遺体安置所

海岸で遺体の財布を抜いていた奴らも黙祷していたりして

 

これは東日本大震災。作者は仙台に住む。マスメディアに載らなかった、というよりメディアに除外された被災地の現実が、迫力ある連作として記録的に構成されている。個人の経験を、社会の貴重な記録とした。自立した個人がいる。