小中英之『わがからんどりえ』(1979)
机の上に土鈴がある。
なにか書き物をはじめようとしているのかもしれない。
なんとなく集中できず、その土鈴に目が行き、手を伸ばす。
「たはむれにきくとしもなく」、つまり、ほんの軽い気持ちで、とくにその音を聞こうという、意図、といえるほどのものはなく、土鈴を振る。
微妙な心の動きの描写だ。
そして、その鈴は鳴る。カランというかコロンというか、あの、やさしくて懐かしい感じのする土の鈴の音である。
すると、その音に神経が研がれてゆく感じがしたのだ。
なんどか鳴らしてみたにちがいない。不思議と、ぼんやりしていた気持ちの中に核が生まれたような感じになる。
集中する、とは違うイメージ。体の中のもやもやとしたものが、すうっとごく自然に寄り添ってくるイメージだ。
ゆっくりと何度も読めば、読者の心も一つになってゆくだろう。
「振る土鈴」だけを漢字にしてあるのも、小さな土鈴の静かな存在感を出している。