花山周子


吉田恭大/(ぢつと手をみる)/というオプション。/(たはむれに母を背負)ったりする、/そういうオプション。

吉田恭大歌集『光と私語』(2019年・いぬのせなか座)

※「吉」の字の上は「土」なのですが出ないので「吉」にしています。


 

前回まで田口綾子の歌がメタなところから作られていないということを再三に亘って書いてきたわけだけれど、それとはちょうど正反対に、メタ性の極致みたいなところから作られていると思うのが吉田恭大歌集『光と私語』である。

 

それがどういうことかということを、今回は本歌取りに注目して書いてみたい。

 

空欄(しろ)に×(あか)、あはれむやみにあかるくて授業内容をわれはうたがふ    田口綾子

 

これは、1月9日にも取り上げた、小池光の、

 

雪に傘、あはれむやみにあかるくて生きて負ふ苦をわれはうたがふ

 

を本歌にしている。そしてこの小池の歌は、
1月7日に書いた、山中智恵子の、

 

行きて負ふかなしみぞここ鳥髪(とりかみ)に雪降るさらば明日も降りなむ

 

を本歌にしていて、その本歌取りとしてのあり方を、

 

「生きて負う苦をわれはうたがふ」が、「行きて負うかなしみ」に対する意味的なアンチテーゼ以上に、個人の感覚としての、はかなさをまとうこと。そういうこの歌の在り方そのものが、山中の歌へのアンチテーゼになっているのである。

 

と書いたわけであるけれど、つまり本歌取りが本歌に対する対話として機能している。それを可能にしているのは、本歌に対するメタ性であるのだ。

 

一方、田口綾子の、

 

空欄(しろ)に×(あか)、あはれむやみにあかるくて授業内容をわれはうたがふ

 

は、本歌取りというより寧ろ子供の替え歌に近い一種のパロディであり、また、パロディとしても決して上等とは言えない。「空欄に×」で「しろにあか」と読ませるなんていうのは、ほとんど無理やりだしセンスがない。「授業内容をわれはうたがふ」に到っては、ベタな弱音と化していて、本歌取りとしては目も当てられない代物だ。その無残さがこの場合「崖」として機能している。

 

で、今日の一首である。

 

  (ぢつと手をみる)
というオプション。
(たはむれに母を背負)ったりする、
そういうオプション。    ―――――吉田恭大歌集『光と私語』

↑ほんとは、一、二行目が二字下げ、四行目が一字下げなのですが、うまく出ない…

 

この歌を見れば、誰もが石川啄木の次の二首を思い浮かべるだろう。

 

たはむれに母を背負ひて
そのあまり軽(かろ)きに泣きて
三歩あゆまず

 

はたらけど
はたらけど猶(なほ)わが生活(くらし)楽にならざり
ぢつと手を見る

 

吉田の歌が分かち書きであるところも啄木の歌に対応してみえる。しかしながら、吉田のこの歌は、私がこれまで本歌取りと思ってきた「レトリック」とは根本的に異なる。なぜか。

 

まず、この歌は本歌一首に対応するのではなく、一人の作者の二つの歌を介在させている。そしてその2首というのが、啄木の代表歌でもあり、同時に近代的なペーソスの象徴的存在ともなっているもので、つまり、それら二首を取り込むことは、近代という時代、あるいはその時代的価値観に対応することになる。

 

ここで注目させられるのが、「ぢつと手をみる」「たはむれに母を背負ふ」という、啄木の歌のエッセンスともいうべき「行為」が抜き書きされている点だ。(この「行為」については、4月26日、 4月29日参照)。

 

ここでは、本歌が分解されることで、啄木の歌が普遍性とともに啄木という個人の絶対性をも握っていた「ぢつと手をみる」や「たはむれに母を背負ひて」という「行為」が「オプション」として「部品化」されている。「オプション」というかたちでここに相対化されているのである。

 

その相対化の手つきは、本歌を分解することにとどまらない。一見、無表情のようにも見えるこの歌の本当の怖さはここにあるのだ。それは「ったりする、」という言い方にある。

 

(たはむれに母を背負)ったりする、

 

啄木の「たはむれに母を背負ひて」には既にこの「たりする」のニュアンスが含まれている。以前に紹介した「煙草の煙吹きかけてみる。」と同様に「たはむれに」には、そういうことをやってみるよ、というような自己相対化が働いていて、親孝行の息子が母を介助して背負っているのではない、ちょっとふざけてやってみたところが、母の体が意外なほどに軽かったという、そういう意外性が感傷の引き金になっているわけで、そのような複雑なニュアンスを出しているのが「たはむれに」という自己相対化であり、相対化するところの照れ隠しをするような人柄が滲むのである。

 

吉田の歌では、この啄木の自己相対化にさらに「ったりする、」が付け加えられる。するとどうなるか。「たはむれに」にあったはずの啄木という人間性が完全に取り払われ、行為の選択肢の一環として並べられることになる。「ぢつと手をみる」「たはむれに母を背負ふ」以外にも、ここには様々な選択肢が並べられているはずで、そのなかから一つを選んでやってみるというニュアンスとしてこの「ったりする、」が置かれているのだ。

 

それからもう一つ注目されるのが、「ぢつと手をみる」も「たはむれに母を背負」も、一般に引用を意味するところの鍵括弧が遣われるのではなく、パーレンが使用されていることだ。パーレンに収められることで、これらの言葉はひそひそと語られる。それは、蔭口に似ている。そんなオプションがあるんだってさ、と小声でささやかれるとき、本歌が持っていた普遍的感傷性はもはや何の価値も成さなくなる。

 

人間的な自己相対化であったところの「たはむれに」のニュアンスが選択肢としての「たり」に変換され、ひそひそ声でささやかれるオプションとして並べられるとき、では、そのようにオプションが並べられたこちら側の世界には何があるのか。選択肢以外の何が残されているのか。全てがオプション化されている世界におけるペーソスがここにはある。

 

吉田のこの歌が行っているのは、本歌を部品に解体することにより本歌取りという有機的な対話を一旦無化するとともに、近代的価値観を、現代の選択肢としての部品へと還元する。そしてその部品の隙間にこそ、現代のペーソスを生じさせるという極めて高度な批評であり、ここに新規の本歌取りが成立しているのである。