生沼 義朗


奥山善昭/トラックを走らせて狭き今日の思ひ運転席にてモーツァルトを聞く

奥山善昭『環流』(短歌新聞社・1997年)


 

奥山善昭は1944(昭和19)年山形県生まれ、「山麓」「群山」を経て1981(昭和56)年に「アララギ」に入会。「アララギ」若手の勉強誌「ポポオ」の編集にも携わった。1997(平成9)年の「アララギ」解散後は、小暮政次や大河原惇行らと「短歌21世紀」の創刊に参加した。

 

奥山の第1歌集『環流』は、短歌新聞社の「新選アララギ歌集」のひとつとして刊行された。当時の「アララギ」編集部の推薦を受けた14名の新歌集で構成されたシリーズで、装幀などの体裁も統一されたものである。

 

掲出歌は歌集冒頭部の1988(昭和63)年の歌。奥山は運転手で、巻末の間瀬敬の解説によると「彼はワゴン車を運転しており、現像所から都内の営業所などへフィルムや写真、その他を配達するのが主な仕事」だった。しかも、「交代制勤務により、ある日は早朝から、またある日は深夜まで車を運転」していたという。

 

当時はまだデジタルカメラは普及しておらず、カメラ付き携帯電話は世に出ていない時期で、写真はフィルムを入れたカメラで撮って業者に依頼しフィルムを現像してプリント写真にしてもらうのが当たり前だった。この頃はフィルムをカメラ店やコンビニに出せばその日のうちにもプリントが出来てくる時代だった。ということは、それらを輸送する仕事は昼夜問わずなことは容易に想像できる。

 

歌集題の『環流』は奥山自身は「トラック運転の日々から思いついた」と語るが、首都高速や環七や環八などの環状道をはじめとするさまざまな道路を昼も夜もなく始終車でめぐる日々の業務を象徴的に表した言葉ということだろう。

 

掲出歌の意味内容は明確で、時刻は終業に近い時間帯と推測する。一日運転したトラックの中で、おそらく一人でモーツァルトの曲を聴いている。注目すべきは、二句から三句にかけての「狭き今日の思ひ」である。今日一日の間に、「思ひ」を狭くさせるような何かがあった。狭くさせるのだから、ネガティブな事柄だとはすぐにわかる。しかしその内容や詳細は描かれない。描かれるのは自分の心情のみである。それも極めて主観的な描写で描く。徹底的に事物を写生することで作品に作者のいのちが映し出されるのがアララギのテーゼだが、あえて感情を露出させることで一首の間隙に生の作者が顕ちあらわれる。写生から一歩踏み出しているところで、自分がこの歌に心惹かれる理由でもある。

 

 

プリントペーパー截る音響けり運河の光る暁となりて
ものを食ふ時にさみしむゴム引の軍手の匂ひ残れるわが手
ブラジルより再び出稼に来しと言ひて兄の電話はすぐに切れたり
降る雪にこころ鋭くなりてゐついま向けるべき対象がない
光たのしむビルディング高き球形にて朝は心のすこし動くなり
言葉の力をいまはわれは信ぜむ青い青い夜がおりてくる

 

 

『環流』の他の歌から引いた。平易な語彙かつ簡潔な文体で解釈に迷わない歌が多いが、どれもしみじみとした味わいがある。作者である自身に引きつけつつ、対象を相対化する手際があざやかだからだ。

 

一方で、4首目以降はあきらかにアララギの方法論から脱却しようとしている。4首目の上句は自身のこころの動きに拠った描写で、従来の写生歌的な措辞かつ導入だ。一転して下句の「いま向けるべき対象がない」が破格で、これは素直に心を向ける対象がないと読んでいいのだが、短歌に詠うべき対象がないとまで読んでも読み過ぎではない。言わば強烈な拒絶だが、生活しているなかで心の皮が突っぱってしまい、何でも拒絶に向かってしまうことは誰にでもある。その状態や機微を簡潔かつ率直に捉えている。

 

5首目は都市の叙景歌だが、初句二句は作者の主観が強い表現なので眉をひそめる向きもいよう。しかし「光たのしむ」には作者の羨望と希求がこめられている。それが下句の心情描写と呼応する。

 

6首目は短歌のことを詠んだいわゆるメタ短歌とも言えるけれど、矜恃の歌と読む。「青い青い夜」は賛否の別れるところかもしれない。歌集がこうした歌ばかりでは鼻白むだろうが、数は少ない。だからこそ歌にこめられた矜恃が光る。

 

長くなってきたのでいったん切って、以下、次回に続きます。