大松 達知


Welcome to JFK と死者の名の大き文字見ゆ機窓より見ゆ

黒瀬珂瀾『空庭』(2009)

 

 黒瀬珂瀾の歌はどれもかなり難解。

 というよりも、どの歌にも作者の思索のあとが残っているのだが、なかなかその思索に真っ直ぐにたどりつかせてくれないのだ。

 そのあたりの屈折した詩情が作者の特徴ではあるのだが、やはり歌としては真っ直ぐにわかるほうがいいのではないか。

 

 前回(小林幸子氏のポーランド詠)につづく海外詠。

 ニューヨークのJFK(もちろん、ジョン・フィツジェラルド・ケネディ)の名を冠した空港に降り立つ時のシーンである。

 「死者の名の」という句の挟み方が、作者の思索の跡が成功している部分だ。

 

 アメリカでは公共施設や道路の名前に人物の名前を付けることが多い。それも政治家や社会活動家などの生臭い人物の名である。

 大統領は引退すると自分の名前のついた図書館を建てるのが恒例だし、軍艦にも大統領の名前が付く。

 エイブラハム・リンカン空港やジョージ・ブッシュ(父)空港もある。

 

 それはさておき、外国からの玄関としての空港に死者の名前が付けられている不思議さに気づいたところがこの歌のポイントである。

 (ウィキペディアによれば、JFK空港は、ケネディの暗殺のあと一か月で改称が決まったという。速さを競ったのか。)

 死者の名前に迎えられる都市。都市とは累々とした死者の墓であり、ひとりの名前が付けられているのはその象徴的なのかもしれない。

 もちろん、JFKに象徴されるアメリカ大きな懐に抱かれてゆくという思いもあったに違いない。