大松 達知


忙(せは)しからむ日のはじまりはことさらにゆつくりあゆむ重心下げて

桑原正紀『一天紺』(2009)

 

 今日はいそがしくなるぞ、とわかっている朝がある。

 いや、正確には「セワシク」なるのである。イソガシイとセワシイは少し違う。

 イソガシイは、次から次へと仕事をこなすのだけれど、自主的に時間をコントロールし、確実に時間が進んでゆく感じ。

 セワシイは、落ち着かず、自分の外の勢いに急かされてあわただしく時間を過ごす感じ、だろうか。

 

 その差はともかく。

 自分のペースでじっくりと仕事はできないと分かっている朝がある。外部の何か目に見えないものの力と自分が拮抗してゆかなければ自分が潰れてしまうのではないか、と怖れを抱くほどの朝がある。

 そういうとき、作者は「ゆつくりあゆむ」という。いつもゆっくり歩いているのだが、「ことさらにゆつくり」という。

 さらに「重心下げて」とダメ押しをする。

 自分がこれから入ってゆく暴風の中でも吹き飛ばされないように、今のうちに力を蓄えてゆくのだろう。

 武士がこれから一騎討ちに向かうような凛とした雰囲気がある。

 家を出れば男には七人の敵がいる、と言われた時代もあった。そのくらいの決意を持って日々に立ち向かっていかねばならないのだ。

 大きな男の背中が見える一首だ。