吉田隼人


さざなみの下はあかるき死の広場白き脊椎を曳きたる頭蓋

玉城徹『馬の首』(引用は『玉城徹全歌集』いりの舎:2017年による)

 読んでいて美しい歌だな、と思ったのであるが、たとえば作者の戦争経験というようなことを考えていくと美しいばかりとも言っていられない。針生一郎のオーラルヒストリーで、旧制二高(のち東北大)で一緒だった玉城徹はファナティックな軍国少年たちとは違う、東京育ちらしい理性的な人だったというが、それだけに近い年代の人びとが「わだつみ」になっていくのをどのような想いで受け止めていたのかと思う。

そこに「あかるき死の広場」が広がっている。脊椎と頭蓋があるから人間の死体だろうけれど、他のいろいろの動物の骨たちと入り交じって、たくさんの人間が死んでいる。その骨は戦死者のものかも知れないし、水難者のものかも知れない。

一首の歌としては、「あかるき死の広場」で空間をひろげることで死者の骨がひとつではないことを示しつつ、下句でひとつの個体の骨に着目していくところ、それに頭蓋が脊椎を曳いているのだけれど語順としては脊椎が先に回っていることで視点が回転するような感覚をもたらして、視線を動かしていくことで骨を描いているのが面白いと思う。