幻燈に青く雪ふる山見えてわれに言こと問うかえらざる声

岡部桂一郎『緑の墓』(引用は『現代短歌全集 第十三集』筑摩書房、1980年による)

 特に詞書や註釈もなく、連作としてまとまっているわけでもないのでわかりにくい一首であり、怖い一首のようでもある。

幻灯はいわゆるスライドなのだろう。戦後間もない頃の幻灯というのをあるワークショップで見たことがあるが、そのころから幻灯はカラーであったようだ。ここで見ている幻灯が着色されたものなのか、モノクロ写真をそのまま焼き付けたものなのかわからないが、後者のほうが幻灯の光そのものの青さと、まさに「幻」として見える雪の青さとが「われ」の想いの強さを物語るように思う。

そこに「かえらざる声」がなにかを問うてくる。かえらざる声とは何なのか。単に幻灯を映写している人か、一緒に見ている人の声ではないような気がする。恐らくその幻灯のなかの雪山で遭難した、あるいは亡くなった人の声なのであろう。その声が聞こえるほどに「われ」は幻灯の中の青い雪山に入り込んでいる。「かえらざる」者の声を聞くためにはそれなりの没入が必要なはずである。