大松 達知


やれやれ、と僕は思った。ぼんやりと村上春樹の文体に寄る

永田紅『ぼんやりしているうちに』(2007)

 

 「やれやれ」は不思議な言葉である。

 もちろん、村上春樹の小説やエッセイに特徴的に頻発する言葉だ。

 しかし、それだけではない。

 実際に、「やれやれ」と発するときには、発話者はたぶんに芝居がかっている。

 小説の中の人々は、日常会話の言葉では話さない。相手に向かってまとまった内容を数ページ分も話し続けたり、理路整然と文章語のような言葉で話したりする。

 「僕は思った。」と思うことは現実的にはない。

 この「やれやれ」もその一種である。

 だからこそ、疲れて一息つくときの言葉として効果的なのだ。現実をすこし離れて、小説の登場人物に一瞬のうちに変身できるマジックワードなのだろう。

 「やれやれ」と発すれば、その場のややこしいあれこれから自由になって、薄い膜が自分をとりまいてくれるように、「ぼんやりと」できるのである。

 それも、他の誰でもない、村上春樹の小説の中に入り込めるように、である。