中津 昌子


怒(いか)る時/かならずひとつ鉢を割り/九百九十九(くひやくくじふく)割りて死なまし

石川硺木『一握の砂』(1910年)

 

 

腹がたって、どうしようもない時のために、専用の古食器をまとめてある、という知りあいがいる。

その事態に、そういう事態にいたらしめた人に怒りをぶつけられる時はまだいい。

しかし、そういかないことも多く、また自分でも事態をよく把握、分析できないままに気持ちのやり場がないこともある。怒りとは、まことにどうしようもないものである。

 

どうして「九百九十九」なのだろう。そう思って、声に出して読んでみると、「怒る」の最初のi音、「ひとつ」の「ひ」のi音で、怒りを一つずつ確かめるようなアクセントが入り、「くひやくくじふく」の数字初めの三つのクの音それぞれで、声が低まり、思いがぐっとこもるような感じになる。音から「苦」や「苦渋」を思う人もいるかもしれない。

 

また九百九十九は千に一つ足りない。この、足りないというところにも意味がありそうだ。

どう生きても、人生は足ることがない。

また、千回割って死ぬようにはきれいに片付かない。

そうでありつつ、必ず一つ割ってそこへいたるという所に、着実に死に近づく感じがある。

 

 

硺木の歌は丁寧に読むと、本当に細部までよくできている。あの捨てばちな作り方を思えばまさに天才。

十三日は、硺木忌である。