岩尾淳子


拾い読みして戻すその本の背文字が光りその本を購う

              浜田康敬 『梁』 98号 2020年

 

本屋で軽く手に取った本。それを拾い読みしてから棚に戻したとき急に気持ちが引かれて、その本を買ってしまう。誰しも身に覚えがありそうなこと。拾い読みだけど、すでにその本の内容がふかく読む方の心を捉えている。「背文字が光り」と感覚的に表現することで鮮やかに揺れ動く心理に光を当てている。一冊の本との出会いと、関りのはじまり。こまやかな日常の出来事に焦点をあてた着想が簡潔な言葉で切り出されて精彩がある。
さらに読めば、そうした一瞬の心理さえ見逃さず書き留めてしまう心のありようそのものに、生きている時間への愛しみがあり、淡い哀しみが流れているようで印象深い歌と思う。

 

母死んで父死んでそして姉が死にその後わが家に死者なし 慶賀

 

同じ作者のこの歌にもやはり、人が生き、そして死に別れてゆくことへの深い悲しみが流れている。しかし重く詠わずに、軽くユーモアに乗せて詠み捨ててしまうことで、含羞を含んだ苦いペーソスに変わり人生の嵩を感じさせられた。

 

伊藤一彦
空を蹴り走りゆく雲の一団をふきのたう手に見送り立てり

 

春先の変わりやすい空模様か。雲の流れが速い。「空を蹴り走りゆく雲の一団」の動きの描写が鮮やか。冬から春への季節の移り変わりをスピード感と力にあふれる雲の流れに託している。手に持つふきのうたうの香りが立ち上がるようにすがすがしい。迎える季節への期待と生きる意志が貫いていて爽快な一首。

 

生田亜々子
ぶらんこの振れ幅少しずつ少しずつ静まって夕の明るさ

 

子どもが乗り捨てたブランコだろうか。誰も載せないブランコがまだ揺れている。それが少しずつ鎮まってやがては静止するまでのゆるやかな時のながれが見えるようだ。少しずつ、のリフレインがまるで心を鎮めるように柔らかに響いている。夕べの安らぎの空間をあざやかに、そして繊細にスケッチしていて慰藉される。

 

志垣澄幸
み仏にされたる石の貌欠けてまた野の石に還りゆきたり

 

石仏が風化して目鼻が落ちているのか。ここでは石の立場にこころを寄せているところにはっとした。仏であることがこの石にとっては仮の姿であったこと。そこには虚像を削いだ簡潔さや単純さへの回帰があるように思う。歳月のなかで石仏が石へ還ってゆくことは、石にとっては安らぎであるのかもしれない。