岩尾 淳子


梅の花零ふりおほふ雪をつつみ持ち君に見せむと取れば消けにつつ

                    万葉集 巻十 1833

訳 梅の花を、降り覆っている雪を、つつみ持って君に見せようと取ると消えてしまって

この歌は「春雑歌」のなかに「雪を詠む」として十一首並んでいるうちの一首。雪を詠んで、こんなに可憐な歌をほかに知らない。作者は不明。ただ歌いぶりからしておそらく少女かと思う。

待ち焦がれた梅の花がやっと咲いた。まだ冷え冷えとした庭先に光が差したたような花の明るさ。そんな朝、思いがけぬ春の雪がくる。雪は小さな梅の花の上にほんの一かけ降り積もっていたのではなかろうか。その花を包むひと掬いの雪の輝きが、少女の心を弾ませている。少女はその雪をそっくり自分の恋人に手渡してあげたい。まるで自分の大切な宝物をこっそり見せてあげるかのように。なのに、それを手に包もうとすれば、たちまち雪は掌の中に消えてしまう。また、そっと押し包んでもやはりあえなくその雪はあとかたもなく消えてゆく。

 

歌の意味はここまでだけど、この歌がどうしてこんなに切ないのだろう。いつまでもとどかない憧れのように掴もうとすれば消えてゆくひとかけらの雪。手のひらにひととき包まれた雪は少女のたましいのよう。愛しても愛されてもすべては夢のようにいつかは消えてゆく。この世にあることは、この少女が包もうとする雪のような悲しみなのかもしれない。

 

歌はあくまでも雪を詠んだだけ。だけど、このはかない三十一音の言葉のなかに、自然を見るけがれのない喜びや、人を愛することの切なさが溢れるように響いている。それでいて、自分の思いを押し付けるような言葉はまるでない。ただ梅の花と、雪と、そして温かな掌があるだけ。こんなに繊細でうつくしい叙情詩がこの時代に成立したことが奇跡のように思える。短歌はこの歌のようにたわいのないもの、掴めば消えてしまうものでもいいのかもしれない。それでも弱くはない。こうして、千年のちにもそれを読む人がいて、心を揺さぶることができるのだから。