吉田 隼人


コピ・ルアクしずかに啜る春の宵きみは時折山猫の伸び

天道なお「春泥」(『ねむらない樹』vol.2、書肆侃侃房:2019年による)

 コピ・ルアクは山猫だかジャコウネコだかにコーヒー豆を食べさせて糞が出る、その糞から作ったコーヒーのことだ。「きみ」は春の宵、そのうんこからできたコーヒーを静かにすする。ときにはコーヒーを飲みながら躯を伸ばしたりする。そのコーヒーの元になったうんこをした山猫のように。

 どんなに洒落た光景に仕立て上げてもそれが嫌みにならないのは、結局のところコピ・ルアクが「うんこからできたコーヒー」であるということに尽きる。キリマンジャロを静かにすするきみが雪嶺の伸びでもしてみせたら、なんだか鼻持ちならないだろう。あくまでそれがコピ・ルアクという山猫のうんこからできた、しかし高級なコーヒーだから一首が成り立っている。コピ・ルアクは酸っぱいと言うが、きみは山猫のように顔をしかめたりしないのだろうか。