永井 祐


一人では田中正造にはなれず身体にチョコレートを詰めていく

山川藍『いらっしゃい』

 

奇妙な上句だなと思います。
ときどき思い出す歌です。
特に「田中正造」についてわたしが紹介するのもおかしな感じですが、
足尾銅山鉱毒事件について明治天皇に直訴した(しようとした)のが有名な人です。
取り押さえられたのですが大騒ぎになり、足尾銅山の鉱毒被害の件は一気に人に知られるようになった。

「一人では田中正造にはなれず」、
不思議なのは、むしろたった一人で直訴という行為に出たのが田中正造なのではないかと思うからです。
ぐぐったところによると、一人で直訴状を片手に馬車に突進したそうです。
つまり、「田中正造になる」とは一人の蛮勇でもって行為を成し遂げようとすることなのではないか。
本当にくわしくはわかりません。むしろベタに解釈すると、そういう感じになるかと思われます。
では、一人では田中正造になれないとはどういうことなのか。
そのへんが気になる歌で、頭にこびりついています。

下句を加えて考えれば、大筋はわかる気がします。
直訴したいことがあり、直訴という選択肢も頭に浮かんだができなかった。
そしていわば英雄になれないわたしは、うまいうまいといってチョコレートを食べるばかりである。そういう自嘲的なトーンを「身体に~詰めていく」という表現から読み取ることはできると思います。

この歌の魅力ということで言えば、
やはり「一人では田中正造にはなれず」という表現の変さにあるかと思います。
テクニックで出ないところ。思わずこぼれるように変である。そのへんの感触に得がたいものがあります。
もちろん、いろんな解釈はあり得る。「一人では~」というのは、直訴できるパワーを持った相手、「天皇」にあたる人がいなかったのかもしれない。あるいは単に仲間がいないと勇気が出なかったのかもしれない。

直訴、が頭に浮かぶタイミングというのは、現代でもある。そんなときに学校で習った「田中正造」という固有名は謎に、心のGoogle検索の一番上に表示されるのかもしれない。