永井 祐


いふことの何とて無けれ相遇へばこころ幼くなりて楽しき

若山牧水『くろ土』

 

第十三歌集『くろ土』に収録の歌。

言うことがあるわけじゃないけど、君と会うと心が幼くなったみたいで楽しいよ、というような内容かと思います。
とてもシンプル。そして主に音韻によって語りかけてくる歌というか、Don’t think feelという雰囲気がある。言ってることもそうですしね。

「いふこと」は「言うこと」。
「無けれ」は「無し」の已然形。係り結びの「こそ」がないまま已然形が出てくる。
ですがわりとノリというか、別にややこしい意味が加わるわけではなく、強調と、続く内容に対する逆接(言うことはないけど~)をとればいいのかなと思います。

「相遇へば」は、「相」が「相まみえる」とかと同じ「おたがいに」という意味で、「遇へば」は「会えば」とさほど変わらない。

牧水、歌の中の和語の比率が近代の歌人でも最高と言われるそうです。要するに漢語がほとんど出て来ない。
印象で言いますが、この歌もとても日本語的な表現なのかなと思います。
一瞬何言ってるかよくわからないくらい、主語も目的語もないんですよね。「僕」と「君」がはっきり出て来なくて、それは言葉の外に溶けている。
この感じ、君と僕の境界がくっきりしなくなるようなゾーンというのが、「こころ幼くなりて楽しき」にふさわしいものになっている。つまり主題と文体が不可分になっている。ここに説得力というか、語りかける力があるように思います。

歌集では章題が「わかれ」となっていて、
「郷里の友平賀春郊の帰国を東京駅に見送る、大正七年四月二十三日の夜。」という前置きがあります。
そして牧水だし、お酒の歌が何首か入る。友達と二人きりの送別会でお酒を飲んでいるというシチュエーションなのでした。
そうすると、さきほどの僕と君の境界も曖昧なゾーンというのも、要するに飲みニケーションなのかもしれない。

しかし飲みニケーションも文体に乗り移っていればすごいのかもしれない。わたしはこの歌に流れる素直さみたいなものが好きです。そして、今にはない歌のあり方のような気がして、興味深く感じます。