きみが好き きみのこころは好きじゃない うそ こころについてはわからない

橋爪 志保 『地上絵』 書肆侃侃房 2021年

 

ポンポンと口を突いて出た言葉をそのまま書き留めたような歌で、軽快なリズムがある。

言い切り、言い直し、「うそ」と自分でツッコミを入れ、またまた言い直し。最後の「こころについてはわからない」は、なかなかの本音なんじゃないだろうか。

心について触れることには慎重になる。ひとの心は複雑で、そう簡単には分からない。

他人の心にズカズカと土足で入るようなことはしたくないし、そのようなことを自分もされたくない。相手を傷つけたくないし、傷つけられたくもない。相手の心に踏み込みすぎることのないように気づかいながら、距離を測りつつ行動する。人との関わり方は確かに難しい。

 

十月のすきまに溜まる深い陽よ うっかりきみのかなしみを知る

 

でも、この歌のように「うっかりきみのかなしみを知る」ということもある。

知ってしまったからには見過ごせない。自分には何もできないにしても気になる。知ったことで、「きみのかなしみ」の一部分をすでに引き受けてしまってもいる。「きみ」との関わり方は、今まで通りというわけにはいかない。もはや変わらざるを得ない。

じつに厄介だ。だが、人と人との繋がりは、そういう厄介を引き受けていくことなんだろう。はじめは「うっかり」であったにしても、知ったという事実は消しようがない。この歌でも「うっかりきみのかなしみを知る」と言いながら、それを受けて立つ覚悟はできているようだ。

「十月のすきまに溜まる深い陽よ」が示しているもの。十月の、或る角度をもった陽差しが、すき間の深いところまで見せている。それに気づいた時点で、「うっかり」は偶然ではなく、もはや必然ではなかったか。

「きみ」との関わりが、新たな段階に入っていく。

厄介かもしれないが、それはワクワクすることでもあるにちがいない。

 

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