梅内美華子「横断歩道(ゼブラ・ゾーン)(1994年)
ふたりは並んで眠っていたのだろうか。
それとも、気がついたら相手は眠っていたという場面だろうか。
胸はやすらかに上下している。
その胸を見ていて、ふっと自分の胸の内が思われる。
わたしの胸にはいろんなことが渦巻く。
ざわざわとすぐに波立つ。
それなのに、この人の胸の中には、いま何にもない。
平原のようなその胸に、そばにあったテニスボールを転がしてみれば、それはたちまち胸の向こう側に落ちただろう。
ボールは黄色。若さにふさわしい、でもすでに使われてちょっと汚れているレモン色。
ひとりの人とひとりの人。たとえ恋人同士であろうと、別々の個体に隔てられた胸の内、思いというもの、その前にしずかにたたずむような時間。
動作、文体、小道具にまぎれもない若さを感じさせつつ、目は人間の普遍に注がれている。
・空すべるつばめが冷たく見えるとき君は話をふつりと閉じる