大松 達知


人のかたち解かれるときにあおあおとわが魂は深呼吸せん

松村由利子『大女伝説』(2010)

 

 スケールの大きな歌に憧れる。

 もちろん、眼の前の事物の中に細密に入り込んでゆく歌もいい。しかし同時に、小さな言葉の世界から、大きな時空へ解き放たれるような歌もいい。

 大きく、大きく。

 この一首、自分の「たましい」は人の形になったり、他の動物や昆虫の形になったりする、という考え方があるのだろう。輪廻の考え方といってよいか。

 そして、ある生命体から別の生命体へと移るとき、束の間の休息を得ると言うことだろう。その時間は10日なのか100年なのか、あるいは100光年なのかもしれない。

 自分の体の隅々にまで宿っている自分のたましい。脳とか肉体とか考えるとややこしいけれど、なにか自分を超えて自分を支配する存在はある気がする。

 その「たましい」が自分が死んで自分の体を離れるとき、自ら長年の苦労を振り返って、ふうっと深呼吸するだろうという。

 「あおあおと」は火の玉のイメージもあるだろうか。(あれは実際、人体から出るリンの炎らしいし。)

 もう少し、ワタシを支えてね、たましいさん、という気持ちもあるはず。

 考えすぎるとわからなくなるなあ。たましいが深呼吸する、と考えるだけでも、現実のごちゃごちゃから少し解放される。それでいいのだ。