中津 昌子


トンネルの奥処に次の駅見えてあるいは全(また)きひかりの発芽

都築直子『淡緑湖』(2010年)

 

 

地下を走る電車。
トンネルの向こうには、次の駅の白い光が見える。
その様を「全きひかりの発芽」と表現する。

一瞬、希望を感じる歌、と思って、でも頭の中でその風景を、暗闇に白い蛍光灯の光が見える様子を想像してみると、不思議にさびしい感じがする。

もう一度読み直して、「あるいは」とあるので、?のつく希望であることに気づく。
とすると、このようなものに、「ひかりの発芽」を見ようとすることに、何かがほしい、何か兆しと思えるものを見つけたいという必死さを感じ出す。そこに、「全き」が重ねられることが哀しい。

 

・五円玉、五十円玉めいめいに穴ありて穴の大きさ違ふ

・のみどより「ああ」とこゑ出すよろこびを知らず老いたり水中の鯔(ぼら)

・暮れがたの鬼灯(ほほづき)ひとつ手に置きぬ落日よりも大きこの玉

・もろごゑに蟬ら鳴きつぐ昼さがりおのれの顔に目が二つある

・朝焼けが窓にひろがるぐらぐらと沸きたつ釜の毛蟹のいろに

 

どの歌もどこかしんとしているなかで、最後の歌だけが異色である。このダイナミックさは何だろうと思う。いきいきと勢いがあるようで、不吉なようで。