大辻󠄀隆弘『樟の窓』(ふらんす堂、2022年)
「短歌日記2021」ということで、この一首には「七月二十六日 偶成」というみじかい詞書がつく。偶然の「偶」、たまたま。なんということはなく成ったうた、という感じである。そのことも含めて、開放感のある一首である。
七月二十六日であるから、学校であればこれから夏休み、あるいは夏休みはじまったばかりという頃。「まだだいぶあり」である。文語ながらこのいくぶんくだけた言い方に、偶成らしい軽さがある。一冊のなかのほかのうたと比べても、独特のゆったりとした気分がただよう。
夏休み/まだだいぶあり/風を浴びて/これから出来る/ことのいろいろ
うたは二句切れ。「風を浴びて」の字余りを経てふたたびうたが立ち上がり、下の句へつづいていく。風のなかを、海や空の広がりのように、夏休みの広さが眼前によこたわる。これもまたおおらかな言い方で、「これから」「出来る」「いろいろ」がいかにもまばゆく映る。ただ夏休みのことを言うのではないのだ。
夏休みはじまりのなんとなく手持ちぶさたな、空白の感じがありながら、下の句にこもるものは存外深い。「これから」を見やる余裕のあること、そこに「いろいろ」をおもいえがきうることの尊さを、このごろはしみじみとおもう。「風を浴びて」が一首のなかで唯一風景を見せながら、そのひとつ風に、うたの跳躍を感ずる一首である。