中津 昌子


見えぬものを遠くのぞみて歩むとき人の両腕しづかなるかな

横山未来子『花の線画』(2007年)

 

 

見えるものより、見えないものの方が大事、よくそんなことが言われる。でもこう言われると、ちょっと説教臭い。一方で、確かにこういう言い方がなされなければならないほど、人は見えるもの、それも往々にしてごく狭い範囲のもののみを見がちだ。

この歌では、見えないものに向かって、視線をはるかに放っている。
そして、そういう時に両の腕は静かだという。

これはどういうことだろう、と最初思ったが、手というものは確かに、人間の感情や欲望といったものを端的に表す。
感情が高い時、苦しみであれ、喜びであれ、腕は静かに垂れてはいないだろう。
欲しい時には、腕を伸ばしてつかむだろう。

一首には、人の深い平安の姿がうつしだされている。

 

・たちまちに萩乾びたり明け方の風に吹きはらはれて消ゆべく

・石の芯もあたためらるる秋の午後何を離れてわれは座しゐる

・温室にひとつの朝と夜は来てうつぼかづらの中に蠅ゐず

・銅像の瞳のなき眼みひらける日日を海へと押されゆく河

人間は真にどうあるべきか、常にそのことが底にあるからだろう、どの歌にも静謐な奥行きが感じられる。