尖塔の建てられてよりこの街の空は果てなき広さとなりぬ

香川ヒサ『パン』(1999)

 

 香川ヒサは、理屈の歌人である。

 しかし、それはこれまで誰も言わなかった理屈、深い思想に支えられた理屈である。

 

 この歌、「尖塔」とはヨーロッパの街のイメージであり、実際にヨーロッパの街である。

 塔が建てられる前には、人々は空の広さを意識せずに黙々と日々を送っていた。それが塔が建てられた後には、人々は塔を基準に空を意識することになった。

 ということだろう。その理屈はわかる。しかし、言われてはじめてそういう理屈が存在することがわかったのではないか。

 

 かつて、「理屈による世界のインサイドアウト(裏返し)」と評したことがある。コロンブスの卵、といえば俗だが、ある地点を境にして世界が大きく変わる、その瞬間を的確にとらえて指摘するのが香川の特技である。

・「ダーウィンの生家」に佇ちぬ進化論なければなかつた「ダーウィンの生家」(『モウド』)

も似ている。

 われわれは歴史を現在の地点からとらえがちである。時間の不可逆性の謎を解き、目の前にあるものをまったく違う時空からとらえ直すように仕向ける。

 なかなかできることではない。

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