大松 達知


山鳩はすがたの見えてわがまへに啼くなれど声はとほく聞こゆる

柏崎驍二『百たびの雪』(2010)

 

 山鳩のくぐもった鳴き声は、たしかに遠くから聞こえてくるような気がする。

 眼の前に山鳩がいる。鳴いているのはわかる。しかし、その声は遠くから聞こえてくるようだという。

 それだけを言いながら、この世のカーテンの裾をめくったような、不可思議な感覚を見せている。そう言われつつ説得されてしまう。

 「すがたの見えて」「わがまへに」とわざわざ言っているのが効果的なのだろう。

 山鳩の声を聞いたことで、自分の方が遠くの場所へ連れていかれたのかもしれない。耳を疑うか眼を疑うか。

 

 言葉を詰め込まない、言葉に負荷をかけない。それが柏崎驍二の歌である。そのおかげで、言葉は各句の中を滲み出すように一首全体の中で遊ぶ。

 ここでも、「啼くなれど声は」の句にかすかな緊張がある。そして「とほく聞こゆる」で緩める。歌の急所を自然なリズムで表しているのだ。