中津 昌子


散りそうに襟は揺れたり風ばかり渡りゆく橋ひとり越ゆれば

遠藤由季『アシンメトリー』(2010年)

 

 

「散りそうに襟は揺れたり」、はかなげな表現なのだが、すっと読者を作品に誘い込む力、魅力がある。
そしてごく自然に読者を、外観からその内側へ誘い込む。
襟という、服の部位の選びがいいのだろう。胸に近いところ、そして揺れれば、顔にも触れるもの。

目に入るには、視線が上に向いていないこともわかる。

 

この上二句に、「風ばかり渡りゆく」「ひとり越ゆ」というフレーズが重ねられていく。
こうして歌の部分、部分を取り出して眺めると、どれも似た色調で、一首に合わせれば寂しさ過多になりそうなのだが、けっしてそうはなっていない。三句目以降は、「散りそうに襟は揺れたり」をひきたてるべく、目立たぬことばで控え目に、しかしうまくこの状況、気持ちを伝える表現が選ばれている。

二句でいったん区切る文体、橋という見晴らしのきく場が一首の空間を広くしていること、そこをともあれ越えていくこと、言いさしの形の残す余韻、そうしたことが微妙に働きあって、この一首でしかいえない気分を伝えてくる。

 

・一週間ぶりの晴れ間に膝の裏干すように歩く郵便局まで
・まっさらな手袋買いぬ裸でも恥ずかしいとは言わぬ手のため

ていねいに一首の奥を味わいたい歌が並ぶ。