蟻に水やさしくかけている秋の真顔がわたしに似ている子供

『青い舌』山崎聡子

 子供が「蟻に水」をかけている。殺そうとしているのだろうか。いや死ぬということは、幼くてまだわかっていないのかもしれない。「やさしく」とあるが、「真顔」ともあるので、いっしんにしている行為なのだろう。その「真顔」を「わたしに似ている」と見ているのは母親だが、このとき母親の中では時間の枠組みが曖昧になっているのだろう。そのように子供の仕草や表情の中に、ふっと自分の意識が入り込んでしまう。この母親にとって、子供を生み、育てるということはそんな体験のようである。しかもその体験は現世的な領域にとどまらず、過去世ともつながっていく。真と嘘と、現実と幻と、その振幅の中に作者の生の意識はあるらしい。そしてまた「にせものの車に乗ってほんものの子供とゆけり冬のゴーカート場」とも歌う。「にせもの」と「ほんもの」が遊びのように入り混じる「ゴーカート場」に、母親と子供はいつも二人きりだ。父親の影は見えない。二〇二一年刊行の第二歌集。

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