ラ・フランス一顆掌にして帰らむに雨雲裂けてそこよりの光

『岸辺』佐藤通雅

 ラ・フランスはフランス原産の洋梨ということだが、たしかに紡錘形の形からも、緑がかった色からも西洋の匂いが濃い果実である。秋の深まりとともに甘みを増し、店頭に並ぶ。この一首では、買ったものか貰ったものか、「ラ・フランス」を一つ掌にして帰ってくると、空の「雨雲裂けて」そこからひとすじの「光」が差してきたという。ラ・フランスと天候との間に現実的なかかわりがあるのではなく、また帰途の情景を単純に言葉にしているようにも見えながら、しかし、この一首にはなにか緊張した、厳かな、つまり精神的なドラマがまぎれなくあるだろう。「ラ・フランス」と「光」とが啓示的に響き合う西洋画の趣をそこに感じさせ、わたしはふっと梶井基次郎の小説の檸檬と画集の光景を想起したりする。また「岸辺にはなにか聖書の感じあり帽とり額に水の光当つ」という一首があり、ここにも「光」とそれを「額」に受ける作者がいる。この「聖書の感じ」のする神話的「岸辺」もまた、作者の精神風景の一つなのだろう。二〇二二年刊行の第十二歌集。

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