引伸ばせし寫眞の隅の卓のうへ黑きはきみの手袋と知りぬ

小野茂樹『羊雲離散』(1968)

 

 サイズの小さいプリントでは意識しなかった、小さい黒い物体。

 それが、写真が引き伸ばされたことによって、存在感を増したのだろう。ふと目に止まった。

 (いまや、デジカメが支配的になり、「現像」とか「引き伸ばし」という言葉も一部のものになりつつあるかもしれない。DPEのDとEである。)

 

 レストランなのか家の中なのか、テーブルの上に手袋を脱いで写真をとる機会があったようだ。

 とても些細なことなのだけれど、「黒い物体」が「きみの手袋」だと判明したということは、「きみ」の世界に一歩入り込んだ証である。

 ただの手袋であっても、恋している相手のものなら特別である。ただの物体がなまめかしく、いとおしいものに変わった瞬間。その感動は小さいかもしれない。しかし、確実に、相手の領地に踏み入ったのである。

 

  「知る」ことによる世界の見え方の変化はおもしろい。恋とは、そういう小さな感動の積み重ねであろう。こういう些細なことにフォーカスを当てて残すののも、短歌のたいせつな役割だと思う。

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