澤村 斉美


居酒屋のほかげにたちて賤の男がかぞふる銭に雪ふりかかる

服部躬治『迦具土』

 

居酒屋からもれるほのかな灯りのもとで、みすぼらしい姿の男が
小銭を数えている。その手元に雪がふりかかる。これから一杯のもうとして
手持ちの額を確認しているのか、あるいは店を出たところなのか。
少しかがんだ男の背中が思い浮かぶ。往来の人間のさりげないしぐさに、
素朴さや孤独がにじみでている。

そういえば、自動販売機の前やATM、スーパーのレジ、駅の券売機など
でも見かけることがある。このような、人のふとした「生」の姿を。

 

「迦具土(かぐつち)」は明治34(1901)年刊行。国文学者、歌人であった
服部躬治(もとはる)26歳の時の第一歌集だ。「年頃を除目にもれて老い
しれし博士が家の鶯の声」など王朝趣味の歌がある一方で、

  わがせこがあらがね掘りにゆきましし足尾遠山山ほととぎす
  新墾(ニヒバリ)の村の中道いつの朝もわがせまづ着く草鞋の跡

など、足尾銅山や近代の農村といった生活の現場に取材する歌もある。
もっとも上二首は、働く夫を思いやる妻になりきって詠うという凝った趣向なのだが。

 

今回の歌は、「居酒屋」が詠われているところが新鮮だ。
町なかの生活感ある一瞬をとらえながら、リアリズムにはいかないで、
結句「雪ふりかかる」で情緒ある歌になっている。