あはと消ゆる南のゆきのかろきをば降らせたやなうそなたがうへに

紀野恵 『フムフムランドの四季』

「あはと消ゆる」は「泡と消ゆる」。ほんの少し降り、地面につくやいなやすうっと解けて見えなくなる雪。南の土地に降る雪は軽くて、風に舞う。「泡」は旧仮名遣いでも現代仮名遣いと同じく「あわ」だが、ここでは「阿波国」の「あは」をかけているのか。意味の上では「泡と消える=あっけなく消える」だが、読者は、温暖な土地「阿波」を連想し、そういう土地に降る雪の、はかなく幻のような感触を思うことができる。そのような雪を、そなたの上に降らせたいものだなあ、という。ここの、「~たやなう」で、歌は一気に『梁塵秘抄』や『閑吟集』の歌謡の世界に引き込まれている。「そなた」はもちろん「いとしい人」。

 

  いとしい、いとしい そなたの上に はかない雪を 降らせたい
  雪を見上げる そなたの姿 うつくしいのに ちがいない
  南の国の はかない雪に 喜ぶそなたの 顔がみたい

 

思い切って意訳するとこんな感じか。人をいとしく思う心が素朴に表れているが、雪のイメージのせいか、純朴で本能的な思慕のはかなさとせつなさまでも歌っているように思える。

 

さて、海上浮遊の島「フムフムランド」は、本歌集の作られたころ(フムフム暦845年3月17日、日本国でいう昭和62年)、日本国の南方海上三百余里にあったという。「フムフムランド入国案内」によると、この島は「気候温暖、四季の実りは豊か」らしい。このようなフムフムランドの紹介を読むと、「あはと消ゆる南のゆき」がフムフムランドに降る雪のように思えてくる。「阿波」の国と桂冠詩人キノメグミの住まうフムフムランドが重なって見えてくるのがなんだか楽しい。

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