黒瀬 珂瀾


金あらば生くるに易き老後とぞ老後の後はそれでいいのか

柳宣宏『施無畏』

「老後のための資産運用」「老後のための保険」なんて宣伝文句が並ぶ昨今。かつて、老人の面倒を見るのは家族であり、地域だった。今や、老人自身の自助努力により老いの安心を買う時代だ。それ自体は良いとも悪いとも言わないでおこう。時の流れだし、家族に押し付けて来た老人介護の問題が破綻して、悲惨な事件も数々起きているのだから。

だが作者は、すべてを金の力で治めようとする社会に違和感を感じる。裏を返せば、金が無い老人は「易き老後」を送れない。そんな社会は寂しい。寂しい社会で、「易き老後」を金で買ったとして、その後は? サービスとして提供される「易き老後」を送ったとして、もしくは送らせたとして、その老人のこころや思い出は、どうなるんだろう? こころを受け継ぐサービスは無いのだよ?

「老後の後」は、軽妙な言葉遊びに見えて、なんだか恐ろしい感じがする。端的に言えば「死」を指すのだが、もっと大きな範囲……例えば、遺族や関わりある人々の気持ちなどをも含むように思う。故人を偲ぶことが、今を生きる私たちの縁を取り結ぶことであり続けてほしい、作者はそう願っているんじゃないだろうか。

 寒くてもうれしいんだな白梅の花はほころぶ浄き日差しに

 水仙の花の高さに身をかがむいつもこんなに謙虚ならなあ

 雪隠の壺跨ぎしにゐさらひに冷たき昭和の風を忘れず

 切り分けし西瓜を食ひしステテコの父はも笑ふ貧の記憶に

豊かさを求める争いが絶えない社会に生きる私たち。そして、それを大らかに取り囲む自然。そんな争いの無い自然を思いつつ営む生から短歌が生まれて来たと、歌集『施無畏』の後書きで柳さんは語っている。だからこの歌集には、口語調での自然への語りかけと貧への思いが歌われる。それはちょっと後ろ向きかもしれない。でも、ちょっと後ろを振り向くことで、前に進む力を得ることができるのも、歌の功徳だ。最後に、まことに共感する一首を。

 酒に酔ひ財布を落としてしまひけりここよろかりきその夜の酒

編集部より:柳宣宏歌集『施無畏』はこちら ↓
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