黒瀬 珂瀾


こちらは雪になっているのを知らぬままひかりを放つ遠雷あなた

小林久美子『恋愛譜』

天候は微妙に移ろってゆく。晴れがだんだんと曇り、小雨が大雨へ強まる。突然、雷鳴が轟く。暖かい雨もあれば、冷え切った雨もある。冷たすぎる雨にはだんだんとみぞれが交じる。ついには氷のかけらや粉が降りそそぐ。時とともに、土地を移動するとともに、天から降るものの姿が変わってゆくことは、よくある。東京と横浜で、大阪と神戸で、降るものが違うことも多い。その繊細かつ大胆な移ろいは、人の心に似ている。

こちらは雪だ。もう随分、降り続けている。今、私と話しているあなたは、この雪を知らない。ということは二人は、電話で話しているのだろう。私が住む街には雪が降ってるけど、あなたの街には、雷鳴が響いているらしい。本来は知り得ないはずの遠雷の光が今、私に見える。

光を私にまで届ける遠雷は、あなたの感情そのもの。鋭く光るようにあなたは心を尖らせ、怒りを放つ。なぜかは分からないが、男女の間には稲妻が突然走ることもままあるだろう。だが、私の心は、音もなく降り沈む雪だ。

この「雪」の解釈には二通りあるだろう。一つは、雪のように冷え切ってしまって、あなたの遠雷などどうでもいいと聞き流しす心。もう一つは、音のない雪の夜のように鎮まり、あなたの遠雷をただ深く、穏やかに受け止める心。どう読むかは読者の好き好きだが、そんなことも知らずに雷鳴を轟かせるあなた=男の声が、覚めた目で描かれている。

 深い河わたるとき手を取ったのはあなたではないと気づき目覚めぬ

 水死するうつくしい魚そこしれぬほどふかまった愛の不在に

不在者として描かれるあなた。喪失こそが愛の中心にあるというのか。恋愛の譜面は実に読み難く、また、透明である。