黒瀬 珂瀾


いつのとき遂げんひそかなる冬の旅花しげき三椏を幻として

竹内邦雄『幻としてわが冬の旅』

冬の旅は、寂しい。深い雪、そして厳しい風。だからこそ、何かを乗り越えたい心は、それを求めてやまない。しかし、現実の生活と甘えは、旅の時間と試練を遠ざける。余人に知られず、冬の旅への出立を秘かに遂げたいという願い。鬱屈した心に苦しむ作者にとって「冬の旅」は、永遠の憧れとして、遠くに光り続ける。

その旅を三椏(みつまた)の花の幻が飾る。春に一足先んじて、ほの黄色い花を咲かせることから、「さきくさ」とも呼ばれる三椏。一般には和紙、三椏紙の材料として知られる。寒風の中、決して華々しくはないが、淡黄の花が一斉に咲きこぼれる(「しげき、繁き」は、茂った、たくさん、の意)、という幻。もちろんまだ三椏は咲かない。幻の三椏を見つめる、幻の冬の旅。二重の幻を求める、思いつめた心が感じられる。その探求の訳は分からずとも。

冬と三椏の取り合わせは、和紙の寒漉きを思いださせる。紙漉きには水が冷え切る冬が適しているそうだ。肌を切る冷たさの中、和紙を一枚一枚漉いてゆく幻の手。その連想が、この一首に凛とした、張り詰めた緊迫感を注いでいるように思う。

 まぎれなき寒き水音と行きかよひ澤の湧井も三椏覆(おお)ふ

 童話のなか常に雪舞ふ氷(ひ)の澤を幻として我等長き日

 わかち合ふわれら幻の冬の旅すでにとざされし靑春のとき

竹内邦雄の一連「幻としてわが冬の旅」は、昭和46年の角川短歌賞を得た。高知県の土佐岩原の紙漉きに取材し、己の精神遍歴を描きだした作品だ。遠い雪、遠い日々、遠い青春、そして、遠い旅。江戸以来の伝統を有する岩原の紙漉きも、詳しくは知らないが、ほとんど職人が絶えたという。

今日で二月も終わる、日本では、近づく春が実感できる頃でしょうか。