川井怜子『メチレンブルーの羊』(2010年)
思い入れのある人物が亡くなったのか、挽歌(死者を哀悼する短歌)を作った、という。「ときの間」というと、そう長い時間ではない。歌づくりに意識がふっと没入し、短い時間に2つ詠んだのだ。膝頭がさむい、と気づくと同時に、歌への集中から不意に醒める。
場面としてはそのように読めるが、第3句の「成りしことの」に注目したい。「ときの間に挽歌が2つできたというそのことについて、ふいに膝頭さむく感じた私であるよ」となる。膝頭が寒いという感覚には、体感のみならず、たちまちのうちに挽歌を成した「われ」を不思議に思う気持ちが含まれている。死者を悼むことはかなしい作業のはず、それなのに歌を作ることに熱中した「われ」を不思議に思っているのだ。不思議に思う気持ちには、「われ」に対するかすかな批評も含まれていよう。
死者を悼むのが挽歌である。しかし、歌を作るときには、「悼む」とは別の心の働きが必ずある。より的確な、より力のある表現を求めて言葉を選ぶ作業をしているとき、歌人の心は生き生きと躍動し、納得のいく歌ができれば嬉しいとさえ思う。その心の働きは死者を悼むことからは遠い。この矛盾を抱えながら、歌人は挽歌をつくる。
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