黒瀬 珂瀾


雨の日のさくらはうすき花びらを傘に置き地に置き記憶にも置く

尾崎左永子『夕霧峠』

 

そっか、日本では桜が咲きましたか、澤村さん。ダブリンでは寒いのに、二月末に桜が開きました。一本桜ばかりですが。まだいっぱい咲いてます。寒いと花期が長くなるのでしょうか、それとも、日本の桜とは種類が違うのかな。

 

日本人にとって桜は、やはり特別な花らしい。寒風の中、ダブリン城に桜を見つけ、わあわあ騒いでいた僕や日本人観光客の姿を、ダブリナーズが見守っていた。今年の桜は今年だけの桜。去年の桜とも、今年の桜とも違う。ぱっと咲いて、さっと別れを告げる桜は、一期一会ということの大切さを教えてくれる。

 

そしてもちろん雨の日の桜も、晴れの日の桜とは違う。雨に濡れた桜は、華やかに舞い散るということはしない。しずくと一緒に薄い花びらを、あちこちに一枚一枚、貼り付けてゆくような感じ。まるで桜樹が自分の花びらで、貼り絵か何かを楽しんでいるかのようだ。頭上の傘に一枚、足元に一枚、そして、私の心の奥にも、一枚。

 

「置き」の繰り返しが、桜が花びらを丹念に貼り付けてゆく様子を幻視させる。この桜樹には、見えない指があるのだろう。その指は、私の心の奥に差し入れられ、今年の、この雨の一日の、この時の花びらを、記憶のキャンバスに貼り付ける。きっと桜も、今一瞬の花びらを記憶してほしくて、そっと置き続けるのだろう。今年の桜が、多くの人の心に、優しさを灯しますように。

 

 

編集部より:『夕霧峠』の抄出を含む『続・尾崎左永子歌集』はこちら ↓

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