澤村 斉美


オレンジの切り口あかるき朝の卓遠くで鹿が角を切られる

松村由利子『大女伝説』(2010年)

オレンジの輪切りだろう、あかるく瑞々しく朝の食卓にある。そこから、遠く鹿が角を切られていることを思う。オレンジの切り口と、鹿の角の切り口がふっとリンクしている。オレンジを切る感触と、鹿の角を切る感触までも想像させられ、ふくらみがある1首だ。

 

鹿の角きりは、毎年10月に奈良の春日大社で行われる。成獣となった雄鹿の角は大きく鋭い。鹿が鹿を、あるいは鹿が人を角で傷つけることがないように、1頭1頭捕らえて、のこぎりで角を切り落とす行事である。角は毎年生えかわるが、10月ごろには、骨化し血流もとまるので、切っても痛くないそうだ。私は数度奈良へ見に行ったことがあるが、角を切られた鹿の姿は、何かが足りず、妙に寂しさを感じさせる風情で佇んでいたことが印象深い。6月のいまごろ、角は成長段階で、若く、みずみずしく育ちつつあることだろう。

 

  濡れそぼつけものの耳を思う夜の時雨静けき十月の森

 

同じ歌集の同じ章からもう1首。「私」のいる場所にも雨が降っているのだろう。時雨の降る森に生きるけものの耳が濡れそぼっていることを思う。「私」のいる場所と遠いところ(森の中)に生きるけものがリンクする。ここに情感が生まれていて美しい。