黒瀬 珂瀾


寄り弁をやさしく直す箸 きみは何でもできるのにここにいる

雪舟えま『たんぽるぽる』

 

寄り弁とは、かばんの中で傾いて、弁当箱の中身が一方に片寄ってしまった弁当のこと。コンビニ弁当や仕出し弁当ならきっちり仕切りがされているので、これは手作りの弁当だろう。学校、職場での昼食かもしれないし、家族の行楽かもしれない。

 

その寄り弁を箸でやさしく直すという。片寄ってしまったご飯をほぐし戻して、ウインナーや海老フライを綺麗に並べ直す。寄り弁を直してゆく「きみ」の、器用で丁寧な箸先を見つめながら作者は、「きみは何でもできる」と思う。寄り弁を直すだなんて、たわいもない行いかもしれない。でも、その些細な行いに、感動してしまう。細やかな箸遣いというミクロの観察が、「きみ」への全面的な信頼というマクロな感情へとつながってゆく。

 

そんな「きみ」が「ここにいる」。どこに行っても大丈夫、もっと大きな世界に羽ばたいていけるだろうに、小さな私と一緒にいてくれる。それはもう奇跡でしかない。丁寧に詰め直された弁当はおそらく、作者が「きみ」のために手作りした弁当だったんだろう。そう考えると、この「寄り弁」は、作者から「きみ」への思いを象徴しているのかもしれない。ちょっと片寄った私の愛情や思いこみを、「きみ」はこまやかに解きほぐしてくれたのだ。

 

  顔ふいたタオルそのまま皿もふき天にお返しするように置く

  傘にうつくしいかたつむりをつけてきみと地球の朝を歩めり

  なめらかにちんちんの位置なおした手あなたの過去のすべてがあなた

  たんぽぽがたんぽるぽるになったよう姓が変わったあとの世界は

 

雪舟の歌集『たんぽるぽる』には、生きることの中から紡がれたイメージが限りなく広がりゆくこと自体を、言葉で捕まえたような歌たちが並ぶ。上記の中では「ちんちん」の一首も、掲出歌と同じくミクロからマクロへの愛情の歌だろう。どの歌も、小さな私が地球の朝を見上げているような、さみしさと愛に満ちている。