〈弧(ゆみ)をひくヘラクレス〉はも耐えてをり縫ひ目をもたぬひかりのおもさ

都築直子『淡緑湖』

 

「弧をひくヘラクレス」は、フランスの彫刻家ブールデルの代表作。上野の国立西洋美術館の前に展示してあるので、見たことのある人も多かろう。ギリシャ神話の英雄ヘラクレスが弓を引き絞る姿を表現したこの傑作には、強烈な緊張感と精悍な生命感に満ちている。詳しくは国立西洋美術館のサイトを。

 

しかし都築は、やや少し違った点に関心を持った。ブロンズでできたヘラクレスの肉体はなめらかで、深みある艶めきを放っている。ブロンズ製だからこそ傷もえぐれもなく、まるで全身に油を塗ったかのようなつややかさだ。まるで薄い光の膜がヘラクレスを包みこんでいるようで、光にはわずかな途切れもない。それを都築は「縫ひ目をもたぬひかり」と詠んだ。

 

すると、今まで生命力がみなぎっていたヘラクレスに、別の姿が見えだした。光の膜に包みこまれたヘラクレスは、もしかして息苦しいのではないか、光の重さに押しつぶされそうになっているのではないか。彼は強弓の張りと不安定な姿勢に、筋肉の力で耐えているのではない。縫い目のない光に包まれた重苦しさに、ブロンズ彫刻として耐えているのだ。雄々しいヘラクレスはここでまたブロンズ彫刻という存在そのものに戻され、そして、無言のまま、静かに光の重みに耐えている。

 

  黙読の速度はつかにずれながら菜単(メニュー)のうえへでまじりあふ息
  日照雨(そばへ)ふるひかりの中のこゑとならむこゑとならむとして棕櫚は立ちたり

 

都築の歌には物や行いの在り方を見直し、静謐な空間にもう一度帰らせてゆくような抒情がある。全ての物や行いが、どこか悲しい、孤独の美しさのなかに溶けだしてゆく。

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