澤村 斉美


小雨降る夜の渚に傘捨てて走れるわれの ふるさとここは

伊藤一彦『柘榴笑ふな』 ( 2001年)

小雨降る夜、海にいて、不意に傘を投げだして渚を走り出した。内側にこもるなにかに耐えきれなくなって、たまらずこのような行動に出た。そんな感情の破れが伝わってくる上句だ。次の1字空けは、一瞬言葉に詰まってしまった心の動きを映しているように見える。あふれてしまった感情を受けて、絶句しているのだ。その後の「ふるさとここは」が、自分に言い聞かせるように強く、重くひびく。

 

作者のふるさとは日向。宮崎である。東京で学生時代を過ごし、ふるさとの宮崎に帰って生きることを選んだ。しかし、そのことに馴染みきらない、安楽としていられない心があり、このような衝動に突き動かされることがあるのだ。ふるさとで生きることに抗いながら、それでも自分が今いるふるさとを、生きるべき場所として選び直している。呻くような思いが、渚に解放されている。

 

同じ章に次の歌がある。

  噛まれつつあらがふ魂(たま)のありにけり玄海灘に生きゐし鮑

玄界灘からきた鮑を噛みしめ、その弾力に「あらがふ魂」を思う。鮑の魂を思いつつ、それは「あらがふ魂」を忘れぬ「われ」の比喩でもあろう。