我の所掌となりし機密の書庫の鍵に赤く小さきリボン付け持つ

鎌田弘子『海』

 

人生において「秘密」を守る状況になることはままある。恋愛や仕事がらみだったり、だいたいその秘密は漏れるもので、人の口に戸は立てられない。しかし「機密」となるとどうだろう。一気に話はいかめしくなる。機密が漏れでもしたら一大事、政治的問題にも発展するだろう。掲出歌では、作者がいったいどんな「機密」に触れたかはつまびらかにされないが、「我」という視覚的にも固い初句や、「所掌」といういかにも公官庁的な語彙が、角張った印象を与える。職務に忠実に邁進し、真面目にかしこまる作者の姿勢がうかがわれる。

 

そういう上句と対照的なのが、「赤く小さきリボン」の愛らしさだ。厳峻な佇まいを見せる書庫を、軽々と開けてしまう小さな鍵。その鍵を管理する私は、なんとなく、機密の主人になった気分もする。小さな飾りを鍵に付けて、誰にも気づかれはしないけれど、自分の個性を出してみる。その奥には、「機密」という大きな責任に対する気負いと、それを日常として過ごそうとする心の動きがあるだろう。

 

  すべて機密に属することか竹島に航くらしき船の短き汽笛
  寄港の日確かめて居りその折りに告げん言葉など何も持たぬに
  転錨(シフト)すと告げ来し受話器置きしより窓あけて視野に現るる待つ

 

作者の鎌田はかつて、舞鶴の海上保安本部に勤めていたという。本歌集はそうした海保での日々が刻まれている珍しい一冊だろう。海上保安官たちと過ごす生活がどんなものか、なかなか想像は出来ないが、そんな日々から女性らしい感受性とほのかな恋心が、潮風にのって伝わってくるような歌たちだと思う。

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