澤村 斉美


モデルハウスの扉(ひ)を鎖(さ)し出づるこの街の真偽おぼろに暮れそめむとす

古谷智子『オルガノン』(1995年)

「扉を鎖し」とある。つまり、扉に鍵をかけて出るというので、モデルハウスを管理するなどそこで働く立場からの歌として読んだ。モデルハウスは、家を売るための手段である。家のサンプルとして建てられ、客に見せて構造や工法を説明する。ただ、売るために「見せる」ものなので、客の視覚に訴えるべく室内にはきれいな調度品がそろえられる。家そのものの解説というよりは、家を買うことによって得られる生活を、客に夢みさせるような仕組みになっている。

 

作者は、モデルハウスで働くという立場上、家について解説するなどして、客が夢みる手伝いをしたのだろう。一日中、さまざまな客に家の説明をするというのは不思議な行為だ。家についての事実を説明しながら、家を買い、そこで暮らすという客の夢をふくらませる。モデルハウス自体が、家の物理的な意味での真実と、売るための虚飾とがない交ぜになった空間である。そこで一日働いた疲労感が、下句の「真偽おぼろに暮れそめむとす」に結びつく。モデルハウスでの経験を通して、街そのものの「真偽」がぼんやりとかすんでいるという把握に至る。鬱の気分を含む都市詠に、深く説得させられる。1995年の歌集であるが、街と街をゆく人々はあいかわらず、「真偽おぼろに」、疲れてはいないだろうか。