魚村 晋太郎


草ボケの花は江戸期の飯盛(めしも)りの女の唇(くち)の紅色(べにいろ)に咲く

奥村晃作『多く連作の歌』(2008年)

草ボケは木瓜(ボケ)の近縁で櫨子(シドミ)とも呼ばれる。
木質だが、背丈が30~60センチと低く、草に埋もれて咲くので、草ボケという。
木瓜の花に似た、蝋細工のような艶のある朱紅色に咲く。
カリンとも近縁で、秋につくちいさな実は香りがよく果実酒にされることもある。

作者は、草ボケの花の紅色から、飯盛り女の紅をひいた唇を思い浮かべた。
飯盛り女は、江戸時代、宿駅の旅籠屋におかれた私娼で、私娼を禁じた幕府は当初厳しく取り締まったが、次第に黙認するようになったという。

曽祖父・曾祖母の顔は知らなくても祖父・祖母の顔は知っている人が多い。
子供の頃、江戸時代というと、はるか遠い昔のように思われたが、例えば祖父が大正時代の生まれであれば、祖父の祖父は明治の初めかひょっとすると江戸末期の生まれ。祖父の祖父の祖父は確実に江戸の人である。
そう考えると、江戸時代はそう遠くもない、ような気もしてくる。

蝋細工のような花と書いたが、見ようによってはプラスティックのようでもあり、鮮やかで可憐で、すこし安っぽい。
私娼の多くは、死んでもふつうの墓には入れられず、投込寺と呼ばれる寺の無縁仏として扱われた。
飯盛り女の運命はさびしいが、その表情は可憐で艶やかで、旅人のこころをそそり、なぐさめたことだろう。
宿駅の賑わいと、江戸の人人の生活に、作者も読者もしばし思いをはせるのだ。