魚村 晋太郎


交わってきたわたくしを抱くあなた キャベツのようにしんと黙って

岡崎裕美子『発芽』(2005年)

キャベツはアブラナ科の野菜。
昔は玉菜(タマナ)とか甘藍(カンラン)と呼ばれた。
食用として日本に普及したのは、明治から大正にかけてのことだが、現在では青果としての流通量は野菜のなかでもっとも多く、一人当たりの消費量は欧米とくらべても多い。
蕾を食べるブロッコリーやカリフラワー、観賞用の葉牡丹もキャベツの一種。
夏の季語だが、年中手に入り、近年はやわらかくて甘い春キャベツが特に好まれている。

別の相手と、主人公はセックスをしてきた。
浮気、というより、二人の相手から愛され、求められて迷っているのだろう。
あなた、は主人公のこころの揺れに気づいている。或いは、はっきり、そう告げられた。
男性の立場にたてば、そういうときの反応はひとそれぞれだ。
絶対に許せない男。愛情を持ちながらも生理的に受け入れられない男。許せない、と思いつつ抱きしめるしかない男。

この後どうなったのかはわからないが、一首の詠まれた時点では、あなた、の方が主人公の気持ちの近くにいる。
交わってきた、という、もうひとりの相手との、生生しいが即物的な感じがする言葉と、何より、あなた、という二人称の呼びかけからそう感じられるのだ。
それがせめてもの救いだ、なんて思ってしまうのは、読者自身の苦い思い出が呼び覚まされた所為か。

キャベツのように、という下句が秀逸だ。
あなた、の主人公への執着ははげしいが、マッチョな情熱ではない。
堰を切って爆発しそうな感情を内にたたえた、あなたのしんとしたかなしみ。
かたく内側に結球したキャベツの葉のうすみどりのかさなりに重ねて、主人公もまた、そのかなしみを抱きしめている。

蛇足だが、イギリスには子宝はキャベツ畑から授かるという俗信があった。
特にスコットランドでは、若い男女がハローウィーンの晩に目隠しをしてキャベツ畑に出かけ、手当たり次第にとったキャベツの根に、土が付いていれば恋が実る、といって結婚運を占う風習があったという。
目隠ししてふたりで夜のキャベツ畑に出かけるなんて、なんか素敵だ。