棚木 恒寿


アスファルトから靴を引き抜くゆらゆらと炎天の首都ただひとり行く

                      加藤治郎『しんきろう』(2012年)

 

 アスファルトから靴を引き抜くとはどんな感覚だろう。盛夏の昼間、暑さの中で溶けるようなアスファルトの上を歩く主体の一歩一歩は重い。靴底は路面に吸いつくようであり、重たい足を進めるとき、それは足を引き抜いているように感じられるのであろう。そこには体の重さとともに何ともいえぬ心の重さがある。どういう事情で、そんなに心身が疲れているのかは分からないが、「アスファルトから靴を引き抜く」という上の句だけで、読者は主体の体感をありありと思い描くことができる。下の句は「炎天の首都」「ただひとり」などやや大仰かもしれないが、疲れや怒りなどを体感の深い所で切り取る鋭さはいかにも加藤らしく抜群の冴えがあると思う。

 

 『しんきろう』は加藤治郎の最新歌集。二〇〇八年以降、著者の四八歳から五二歳の作品が集められたという。自身の会社での退職勧奨をめぐる環境の変化や、幾人かの人の死、東日本大震災を経て、どこか暗い歌が多い。都会の暗さは、時にグロテスクで危うい。

 

             退職勧奨というありふれた現実

星蝕のひかりのひびく夜にして白いリストは刷り上がりたり

 承認印は此処だ承認印は白いリストがきれいに歪む

 みんなまけみんなまけぺらぺらのマスクに顔を包んであゆむ

 転身を図るプランの終端に黒いコートの歌人は立てり

 

 退職勧奨に関連した歌ということになろうか。専業であれ兼業であれ、歌人も社会の一員として生きており、さまざまな現実に遭遇する。一首目は「白いリスト」が印象的。歌の中では言及されないが、退職勧奨する人の名前が載せられたリストなのであろう。星蝕の日に、夜のひかりに照らされながら刷り上がってくるリスト。何となくエクセルで整然と整理されていそうな感じである。何かここから起こるような怖さがある。三首目は、もっと感覚的に怖さを掬っている。紙製の使い捨てぺらぺらのマスクに顔を包む私たち(そういえば、昔使っていたガーゼのマスクは近年ほとんど見られなくなった)。同じようにマスクを着けて、同じようにみんな負けてゆく、あるいは破滅に向かっているような怖さがある。マスクも人々も「ぺらぺら」なのであろう。

 

ふとももにペットボトルをのせていた副都心線終電のなか

 剃刀がコップに立ててある夜のふかみに降りてゆくもののあり

 職務みな忘れろという社命あれシュークリームから噴き出すクリーム

 赤んぼのあたまやわらかふごふごと火山のように息づくあたま

 朝焼けの色にアロエの花咲けり複写の果ての言葉ぼろぼろ

 

 やや場面が見えないような気もするが、どの歌も日常にひそむ危うさを掬いとっていると思う。三首目、シュークリームの皮の隙間から、クリームが漏れていたということだろうが、「シュークリームから噴き出すクリーム」捉えることで、どこか不気味でグロテスクさを帯びる。やや性的でもあり、暴力的な気配さえするといえば言い過ぎだろうか。最後の歌「複写の果ての言葉ぼろぼろ」も歌人の言葉としては痛切だ。

 

 

駐車場のコンクリートがひび割れてどこまでも届きそうな月光

 果実酒のかおりはみちて暗闇にひかりはぬれているのであろう

 キャラメルの内箱を押すゆびさきにほのかなひかり灯るゆうぐれ

 

一方、このような場面の見える、やや穏当な歌にも見るべきものがあると私には思われた。

編集部より:加藤治郎歌集『しんきろう』はこちら↓

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