江戸 雪


会えるとは思わなかった 夏が麻痺してゆく船の倉庫のかげで

千葉聡『そこにある光と傷と忘れもの』(2003年)

あえない。
そう自分におもわせて、こころを麻痺させていたのだろうか。あえないとおもっているほうが楽だった。
でも、あった。あえた。
その喜びと驚きに、麻痺していたこころがにわかにざわめきだす。ふつうに流れていた時間や、ふつうに見えていた海や、ふつうに聞こえていた波音が、ずきんずきんと迫ってくる。

「会えるとは思わなかった」。この言葉は誰が呟いたのだろう。
会いたかった気持ちをいう表現にこれ以上のものがあるだろうか。

「夏が麻痺してゆく」とは感覚的でみずみずしい表現だ。わからない、とはいってしまわずにそのなんとなくの感覚を感受したい。会えた喜びを全身で感じているのだとおもう。
季節は、そのときそのときにどっしりと横たわっている。けれど、暑いあの時間をだれが夏と名づけたのだろう。あたりまえのようにある季節でさえ疑って麻痺させてしまうほど、
会えた時間が大切におもえるのかもしれない。

「船の倉庫のかげで」という設定もまた若さをひきだす要素になっている。
炎天で、ではないのだ。
こっそり、秘密の場所のような空間が、ふたりの関係を暗示している。