棚木 恒寿


馬追虫(うまおい)の髭(ひげ)のそよろに来る秋はまなこを閉ぢて想(おも)ひみるべし

長塚節『長塚節歌集』

いよいよ秋も深まって来た。10月に入ってもカッターシャツ1枚で通していた季節感のない私も、さすがに一昨日から上着を着るようになった。今日は秋に関する有名歌を一首。
馬追虫は「すいっちょ」と鳴く秋の虫。「馬追虫の髭のそよろに来る」は,秋を導く序であろう。序でありながら、秋を感じる体感は繊細でリアリティーがある。「そよろに」は髭にも秋にもかかる感じだろうか。馬追虫の髭はどのようなものか実は私はあまり知らないのだが,私のようなまずい読者にもその繊細な動きの触覚が目の前に見えるように感じられる。「そよろに」というオノマトペはここでは動かない。繊細な触角の動きに導かれるような秋,秋はすでに体感として読者の目の前にまでやって来ている。
そして下の句では,そんな秋は目を閉じて思うのが良いという。目を閉じてこそ,感性は研ぎ澄まされるのであろう。秋の何を思いみるのかは詳しくは書かれないが,具体的にどういうことを思っているのですかという問いは野暮だ。秋の訪れを、個人の感性で体感で感じることが全てなのであり,それが「まなこを閉じて想ひみるべし」なのである。雑音のない静かな、研ぎ澄まされた一首だ。