石川 美南


歯車の無数なる歯が噛み合ひしまま静止せる闇夜とおもふ

真鍋美恵子『玻璃』(1958)

 

カール・ブロースフェルトの『芸術の原型』(1928)は、植物をクローズアップして撮影した写真集である。拡大された植物の一部分――たとえばホウセンカの茎と枝、トクサの茎の先、ユキノシタのロゼット、デルフィニュームの乾いた葉など――は、人の手で緻密に作られた塔やレース編み、あるいは彫刻作品などのように見え、自然の造形の豊かさに改めて驚かされる。と、同時に、世界の秘密の一部を間違って目にしてしまったかのような、少し不安な気持ちを掻き立てられる。

この歌の場合も、具体的な場面(生産ラインが止まった後の工場?)を明らかにせず、互いに噛み合う歯車だけを切り取ることで、日常に潜む不安感をうまく描き出していると思う。一見すると何もないように見える静かな闇の中にも、夥しい歯車のようなものがびっしりと詰まっている。ひとたびそのことを意識してしまえば、決してそのシステムから逃れることはできないのだ。

 

  ザラ紙に引伸されし写真あり犠牲者の扁(ひら)たき靴裏うつる

  切断されし水晶の切口が或角度にて暗黒に見ゆ

  枝根より枝根分るる拡大図次第にわれの空間を占む

 

どの歌も、クローズアップの手法を巧みに使っている。

1首目は、犠牲者のすり減った靴の裏だけを、「引伸されし」写真の中に見ることで、現実の痛ましさをありありと感じ取っている。

2首目は水晶の工房を訪れた際の歌。思わぬところに見つけてしまった「暗黒」が怖い。

3首目は、まさにブロースフェルト的な構図。かなり抽象的な語り口だが、生々しい不安を感じさせる。