江戸 雪


いつさいを告げたくきみと逢ふ街に初夏の陽ざしの匂ひうづまく

外塚喬『喬木』(1981年)

愛が昂って、おもいのすべてを、じぶんの「いっさいを」愛するひとにあずけたくなる一瞬。
このような朴直なおもいを歌のなかで表現するのはいがいとむずかしい。
しばしば言いすぎたり直接すぎたりしてしまうけれど、この歌では〈われ〉のおもいが重たくなく伝わってきて、〈われ〉は街中にすっきりと佇んでいるような印象をうける。

下の句にわずかな屈折と逡巡がある。
まばゆい「初夏の陽ざし」。
目のまえが真っしろになるような照りかえしのなか、太陽のにおいがする。
このときうずまいているのは、街の「陽ざしの匂ひ」だけではない。

街の人や車が埃と熱気をふきあげては去っていき、太陽のにおいといっしょになってわれらをつつむ。きみへの愛の決意も、そのなかに揺らいでいるかもしれない。

「いつさいを告げたく」とあるから、なにか事情があるのだろうかとおもったりもしたけれど、
そうではない。
告げたかったことは、そんなに多くもなく、むずかしいことでもないはず。
愛を説明したがるひとがいるけれど、そんなことは必要ないのだ。