光森裕樹


死んだつてひとりぼつちだ生きたつてひとりぼつちだ世界は馬鹿だ

森本平『モラル』(ながらみ書房:1997年)


(☜6月9(金)「生きると死ぬ (3)」より続く)

 

◆ 生きると死ぬ (4)

 

例え死んだとしてもひとり、生きているときもひとり。それは自分自身のせいではなく、この世界が愚かであるがためだ――
 

掲出歌は連作「平成殉情伝」の一首。人との豊かな関係を築くことができない自身の不完全が、世界の不完全として裏返る。自己を中心として世界を認識する様には、若さの持つ特有の苦々しさも感じられる。日々を重ねるにつれて、人生は七色に拓けてくるのではなく、まるでシャープペンシルの芯を出し続けるかの如く、同じ色の変わらない日々が続く。
 

リセットボタンがある世界を生きる今橋愛の歌に対して、森本平の一首では死んだあとも世界を無限に生き続けることになる。「世界は馬鹿だ」と言い切った後の虚しさを、どこまでやりすごしていけるだろうか。強がりの裏に、さびしさが滲む。
 

同じ歌集には次の一首もあった。
 

職のない三十路がコーラを飲んでいる世界と俺では世界が悪い  「霧を断て」

 

自身を顧みることなく「世界は馬鹿だ」という結論にストレートに辿り着く掲出歌と比べると、結論は同じであっても悪いのは世界と自分自身のどちらかなのかと一瞬でも比べている点が異なる。そこから、掲出歌の主体がさらに歳を重ねたあとの歌のように感じた。
 
 

(☞次回、6月14(水)「生きると死ぬ (5)」へと続く)