都築 直子


枡の目に合はせてわれは踏み行くと足のずれきて跳ばねばならぬ

時本和子『遠景』(2009年)

 

石畳か歩道か、敷石の升目がはっきりした道を歩いている場面と読む。あるいは、博覧会の会場などで市松模様にデザインされた通路を歩いているのかもしれない。ともあれ、見るからにくっきりした升目なのだ。歩きながらつい意識してしまう。敷石の継目を踏まぬように歩いてしまう。一つの敷石につき二歩だ、いや三歩か。最初の数歩で自分なりのペースを決めたら、あとはそれを守る。一歩の狂いも許されない。畳のへりを踏むみたいに敷石の継目を踏むなんていうのは、論外。踏まないように、踏まないようにと歩くうち、おやだんだんずれてきて、ああ踏みそうだ、おっとっとっと。つんのめるように跳んで継目を跨ぐ。

 

というような経験をした人は、少なくないのではないだろうか。私は一読して「あった、あった」と思った。「ある、ある」ではなく、「あった」と過去形だ。小学校三、四年のころ、よくこういう体験をした。升目の鮮明な道を歩くとき、「継目を踏まずに行け」というミッションが降ってくるのだ。そのように歩くが、何度も踏みそうになる。おっとっと、と跳びこす。心臓に悪い。歩く。おっとっと。跳びこす。やがて途方にくれ立ちどまる。他の人はなぜすいすい歩けるのだろう。不思議でならなかった。その後、大人になると「ミッション」は来なくなったので、あれは十歳くらいの子どもだけに来るのだろうと思っていた。この歌を読むまでは。

 

歌集の中で、<わたし>は夫、娘、息子をもつ大人であり、十歳の小学生ではない。また、この歌の次に、<観音通りの屋根外されて空の下むきだしとなる人も通りも>という作が並ぶので、「枡の目」の歌は子ども時代の回想ではなく、大人の<わたし>が観音通りの石畳をゆく歌と読める。

 

もしも歌の作者が、早熟な小学生だったとしたら、作歌技量には目を見張るが、内容はあたりまえすぎておもしろくないだろう。私はそう思う。大人の<わたし>が小学生のようなことをやりましたと、作者がそらとぼけて歌に作るところがおもしろい。作者の年齢を読みに入れた方が、おもしろくなるタイプの歌といえる。いやもしかしたら、私に来ないだけで、升目のある道を歩く大人にもさかんに「ミッション」は下っているのかもしれない。どうなのだろう。同年代の友人に「最近こういうことやる?」と聞いてまわったことがないので、真相は不明だ。

 

<枡の目に/合はせてわれは/踏み行くと/足のずれきて/跳ばねばならぬ>と、5・7・5・7・7音に切って、一首三十一音。上にのべたような複雑な事情を、過不足なく五句でいうのは技量である。二句三句は、「合はせるやうに踏み行けば」でも成立する。だが作者は、あえて「われ」を挿入する。また、「われの」「われが」でも成立するが、「われは」とする。この「は」が独特だ。三句の「踏み行くと」は上と下に、「合はせて」「ずれきて」と「て」があるので、重複を避け「踏み行きて」とはしない。「踏み行けば」も採らない。「~して、われは~すると、足の~して」という形だ。助詞のつながり方がおもしろい。結句は「一歩跳びたり」などとせず、「跳ばねばならぬ」と持ってくる。

ことばを扱うこうした手つきは、いかにも森岡貞香の弟子だ。「あとがき」によれば、作者は1992年から森岡の指導の下にあり、「十六年余の歌を収めたこの一冊をお元気な先生に見ていただきたかった」という。素材の選び方といい、ことばの斡旋といい、森岡貞香の詩精神をたしかに継ぐ作者の一人である。